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爪痕     2011.03.13
これまで、分かっていたつもりで分かっていなかった。
今ももちろん、なにひとつ分かってなぞいないが、ほんの少しだけ、
恐怖を知った。
そのことをあらためて体感している。

いま住んでいる地域は「震度5強」だったらしい。
それが高層階ほど強まる「長周期地震動」だったという。

9階の我が家ですら、重いブラウン管テレビが倒れ、本やモノが降り、
額が外れ落ち、家具がずれ、開いた扉から食器が割れ落ちていく。
そのさまを、かろうじて滑り込んだテーブルの下で、なすすべなく
見つめていた。

猫たちは瞬時に姿を消した。

いったんおさまった中で、とっさに家族に無事を知らせようと
携帯や電話を手にしても、どこにも通じない。
震える足を踏みしめ、ごちゃくたの仕事部屋に入る。
パソコンをつなげると、こちらはOK。

余震に怯えながら家族あてにメール、そして同じ地域で
よく似た場所(運河沿い、9階)に住む友人の安否を確認する。
すぐに友人から返信。
──やはり散乱、でも無事。(彼女のところでは、タンスが倒れたらしい)

ちょっとして、実家の父から返信。
──池袋に出ていた母と連絡がとれない。

ふたたび、大きな揺れ。
わけもなく声を上げながら、押入れに放り込んでいた
避難袋を引っ張り出して背負い、とりあえず2猫の無事を
目視で確認、玄関のドアをまろびでた。

共用廊下にはおなじく、怯えた近所の方々がおり、ひとり
パニックをおこした女性を、隣の家族がなだめている。
非常階段を使って次々と降りていく人たち。
地上にすでに、おおぜいの人だまり。

でも、猫を置いてはいけない。

顔見知りの近所の人と声を掛け合うと、「お風呂に水が
入っているなら気をつけて、ウチはあふれた、あとで
下の階に水漏れしないようにタオルで入口をふさいだ」と
教えていただき、あわてて確認。

風呂場よりもトイレの洪水に驚き、数枚のタオルを
放りこみ、玄関ドアを開け放したまま(でも猫飛び出し
防止パネルは閉めて)、屋内と廊下を行ったりきたり。

避難袋に入れておいたいわゆる「ズック」を履いて、
上からビニール袋をかぶせて室内を歩き、余震で揺れている最中に
テレビを引き起こして、電源を入れる。
とにかく、声と情報とが欲しかった。

すぐにニュースが入り、震源地に近い地域のあまりの惨状に愕然とする。

散乱した家の中で、なにもできず、余震に身を竦ませながら
ただ、次々あらわれる怖ろしい画面に見入る。
なかば腰が抜けたように、羽織ったダウンコートの上に
避難袋を背負い、見続ける。
あたまの片隅で「でもこの避難袋には、水や非常食が
入ってないから役に立たない、必要なものを入れないと」と
考えるのだが、体は動かない。

隣のマンションで鳴り止まない非常ベルの音に混じって、
消防車のサイレン。火事か?
ふたたび表から覗く、大勢の人、でも逃げたりうろたえたりした
様子は見えない。
どうやら小火らしい。

つながらなかった電話、相方の実家とつながる。まずは無事を
知らせる。
夕方遅くなってようやく、相方と連絡がとれるが、母の様子が
わからず気をもむ。
さらに甥っ子が前日から仙台に行っていたことを知る。
ひたすら無事を祈る。
母は。甥っ子は。
そして揺れる、こわい。

夜。ようやく、母の様子が知れる。
池袋から動けず、こちらから迎えにもいけず、安全で暖かい
ホテルのロビーで椅子を見つけ、座って夜明けを待つという。
よかった。
甥っ子も、避難所から連絡が入り、まずは無事な様子がわかったと
知れた。こちらも、とりあえずは、よかった。

けれども、ニュース画面に映る惨状は、そんな思いすら拭い去る。

寝場所があり、電気もガスも使える今の立場が、どんなに
ありがたく恵まれていることか……。

歩いて戻った相方になんとか温かい食事を出し、ふたり黙然と
テレビ画面に見入る。

猫たち、ピートを除いて姿を見せるも、またすぐ隠れる。
ピートも居場所は確認できたので、自分から顔を出すのを待つ
こととする。

とりあえず割れ物だけは始末して、早く寝て体力温存、と洋服のまま
布団に入るが、夜中、数度にわたって携帯から鳴り響く「避難警報」に
飛び起きては、テーブルの下にもぐりこんだ。

長野でも震度6。どんな思いだろう。

午前3時過ぎ、ホテルロビーにいる母からメールが届く。
「だいじょうぶ、あたたかいよ。となりの人におかしもらった」
どうやら、昨晩出した「おかあさん、ぶじ?」メールが、いまごろ届き、
律儀に返信してくれたらしい。ちょっと和む。

午前5時頃、日曜に会う予定だった友人からもメール、会社に泊まって
いるうえに、日曜出勤になったらしい。
大切なシステムを扱う仕事はたいへんだ……。

明るくなってきてようやく、まどろむ。
昼前に起きると、4猫とも布団の中にいるのが可笑しかった。
と同時に、あらためて状況に感謝。

少しずつ片付けながら、ニュースや新聞で知った状況、刻々と増す
被災の深刻度に、なにかできることはないかと思う。
──と、電力不足の報道。
節電を呼びかけている。
ああ、そんなことならすぐさまできる。
電球を節電タイプに変えていてよかったと、妙な安堵もしつつ、
必要最低限の灯りにして、厚着して暖房を落とした。

今日はあるいは、停電の順が回ってくるやも知れない。
わずかでも、役に立てるといい。

被災地の方たちを心よりお見舞いしつつ、ひとりでも多くの方の
無事を祈りつつ……。
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